1. X+Y=5
たとえば、X+Y=5 の答えは無限にあります。
しかし、もしX=2だとわかれば、Y=3であることがわかります。
逆に一方が未知数だと、もう一方もあらゆる可能性を考えねばなりません。
これと同じように、動物が飼われている状況がわかって初めて、病気の実態がわかることがあります。飼い主さんに悪気はなくても、その動物が本来あるべきでない環境に置かれていることがあります。
たとえば、ミニチュアダックスフントであれば、普段の生活空間からなるべく段差をなくさなければいけません。椎間板ヘルニアのリスクを下げるためです。小学校のウサギであれば、お水を入れたお皿は小屋のすみに置かない方がよいようです。ウサギは隅っこにオシッコをする習性があるので、小屋の隅っこにお皿をおくとそこにオシッコをしてしまいます。
環境によって健康状態が左右されるのは人も動物も同じなのです。
2. ホーム&アウェイ
スポーツの世界でホームやアウェイという言葉があります。
動物もまた、普段自分のいる場所と違う環境に置かれたとき、本来の姿を見せられないものです。
私は往診に伺うとまず、飼い主さんとできるだけ笑顔でお話しするようにしています。そばで見ている動物が「あれ、この人はうちのご主人と友達なのかな」と警戒をといてくれるように、そうしているのです。
すると、かゆいところを掻いたり、体のどこかを気にしたり、飼い主さんの気になる行動をその場で観察することができます。動物にできるだけ自然な姿で迎えてもらうこと、それが往診で気をつけるべき事だと思います。
またその姿勢は、飼い主さんに対するものでもあります。つまり、動物病院をアウェイとするなら、ご自宅はホームです。それは動物だけでなく、飼い主さんにとってもそうあってほしいと思うからです。
人は、普段居なれない場所では落ち着いて自分の考えをオープンにできないものです。待合室で後ろに大勢の飼い主さんが控えていると、どうしても聞きたいことが聞けない場合があるでしょう。また、診察室では自分の考えがまとまらずに、何を聞いてよいかわからなくなることがあるかも知れません。
ご自宅で、落ち着いてお話しいただくと、診断する上で重要な情報が得られることがあります。それは飼い主さんにとっては何でもない事で、世間話のついでにポロっと出てくるようなものです。
「......今のお話、もう少し詳しく聞かせて下さい」そこから突破口が開くことがあります。
ただ、私は「往診こそが獣医療のあるべき姿だ」と言っているわけではありません。
それは下に述べますように、往診という治療形態にはある程度の限界があると考えるからです。
言い方を変えれば、往診はあくまでも「診療施設における獣医療のサポーター」でなければならない、と考えるからです。
3. 往診の守備範囲について
往診には利点がいくつもあります。
しかし、往診に限界があることもまた確かです。大きな手術は設備の整った病院で行うべきですし、各種検査から総合的な判断が必要な病気も、獣医師が常時複数名いる大きな病院で受診すべきだと思います。
実際、ご相談いただいた中には、診療施設を受診された方がよいものが何割かあります。そのような場合、お近くの動物病院を紹介させていただきますし、紹介状も添えさせていただきます。動物のことを真剣に考えたなら、「動物病院まで連れて行くのが面倒くさいから・・・。多少危険があってもいいので、今ここで手術してください」という理屈は通りません。
とは言え、やはり往診に適した症例というものは確かにあります。
例えば多頭飼いのお宅でノミやダニの発生がある場合、狂犬病の集合注射で他の犬に咬みつこうとする場合、治療困難で緩和ケアを望まれる場合などは、往診という診療形態が適していると思います。
また、私が伺う先には障碍をお持ちの方もいらっしゃいますが、ご自身が通院するのも大変な方が「動物を連れて通院する」ことは非常に困難なことだと言わざるを得ません。かといって、その方々にも動物と暮らす権利はあります。動物もまた、その飼主さんと一生を共にする権利を有するはずです。
ともかく、状況は千差万別です。飼い主さんが望まれ、獣医師としても往診で対応可能と判断した場合は、お力になれるよう努めさせていただきます。