レプトスピラ症

 

~水辺にひそむ”らせん”~

病原体と感染経路について ~古代からの厄介者~

レプトスピラ症の原因となるのは、病原性レプトスピラとよばれる細菌です。

レプトスピラは、広い分類ではスピロヘータ(spirochaeta)という科に属します。スピロヘータの語源はギリシア語で「巻いた髪」。レプトスピラもまた、美しい右まわりのらせん形をしています。

通常、菌による感染は口や鼻などの、外部に通じた場所からおこりやすいものです。しかしレプトスピラは経皮感染といって、皮膚から侵入することも可能な菌です。もちろん、他の菌と同様に、非常に小さい病原体ですので、肉眼で見つけることは不可能です。

レプトスピラは水辺を好みますので、流れのない、よどんだ場所や不衛生な河川などに皮膚が接触すると感染リスクは高くなります。また、一見したところ奇麗に見える川であっても安心はできません。特に皮膚に傷があると感染の可能性は高くなります。

古語に、秋疫(あきやみ)という言葉があります。秋、つまり稲の収穫期になると原因不明の発熱や悪寒、筋肉痛などの症状が出ることが経験上知られていました。昔は長靴などがありませんから、稲の収穫中に皮膚からレプトスピラが侵入したものと思われます。現代においても、農業に従事する方や下水道の作業をする方に、散発的に感染が見られます。

レプトスピラは人を含む多くの動物種に感染します。もちろん犬や猫にも感染しますが、感染したからといって必ず発症するとは限りません。症状については下で述べますが、中には無症状のまま菌を排出し続けるものもいます。レプトスピラは感染すると腎臓にひそみ、尿とともに排出されますので、感染源は「感染動物の尿」ということになります。尿と直接接触しなくとも、尿に汚染された水や土壌からの感染が考えられます。

上でお話しした秋疫について補足すれば、感染源は恐らくネズミの尿と推察されます。収穫期、稲穂を求めてネズミが多く田んぼに侵入し、そこでレプトスピラを含んだ尿をする。農家の方が裸足に近い装備で収穫を行う際に経皮感染が起こる、というストーリーであろうと考えられます。

いずれにせよ田んぼに限らず、衛生状態の悪い水辺での作業やレジャーには注意が必要です。

 

症状と疫学について  ~倒れゆく鉄人たち~

症状と疫学について、非常に参考になる事例があります。

2000年の8月、マレーシアでエコチャレンジ2000という鉄人レースが行われました。27か国から約300名の競技者が参加し、ジャングルの中を約10日かけて走破するというものでした。

しかしレース直後、原因不明の発熱、筋肉痛、頭痛、下痢、結膜炎などを訴える参加者が続出します。結局、25名は入院を要するほど症状が悪化しました。聞き取りを行うと、症状が出た参加者の多くがセガマ川という川を泳いでいたことがわかりました。この川は当時、洪水の影響でかなり濁っていました。血液検査の結果、患者の血清からレプトスピラ抗体が検出されるに至って「レプトスピラ症の集団発生」であると結論づけられたのです。

レプトスピラ症の症状は、上に赤字で示したように風邪に似ています。ただ、5~14日の潜伏期があることが特徴です。マレーシアでの鉄人レースの事例を見ても、レース自体が約10日間あって、集団発生はレース直後からでした。ですから風邪様の症状が何の前触れもなく突然襲ってきたら、数日前の自分の行動について思いだす必要があるかも知れません。

風邪様の症状、と言っても重症例では肺出血、黄疸、腎不全などを呈します。

実際、1960年までは日本国内で毎年200人以上の死亡例が確認されていました。近年は公衆衛生の向上や、農作業の機械化により被害は減少傾向にあり、2003年~2007年の発生は87症例を認めるのみとなっています。ちなみにその87症例のうち40症例は沖縄県が占めています。

犬や猫でも同様の症状が出ますが、自然回復している例も多いようです。ただし犬に対して生命の脅威となる血清型もありますので、混合ワクチンの接種が望ましいでしょう。もし発症してしまうと、もともと潜伏期が長く因果関係が検討しづらいことに加え、人間と違って聞き取り調査が不可能ですので診断が付きにくい病気であると言えます。

 治療は抗生剤の投与が主体となります。

予防について  ~川では皮を意識せよ~

予防の中心は、経皮感染も念頭に入れた衛生対策になります。

単純に考えて「レプトスピラのいそうな水辺は避ける」ということが一番ですが、もし事情があって接触せねばならないのなら、できるだけ肌の露出を抑える必要があります。手袋や長靴、ゴーグルの着用などが望ましいでしょう。また、傷のある状態での水辺のレジャーにも注意が必要です。特にお子さんが川遊びをするとき、遊びに夢中になってつい石で体を擦ったり、川底を掘ろうとして指先に傷をつけたりするものです。傷があると、経皮感染のリスクが高まります。定期的に水から上げ、怪我がないかチェックしてあげるとよいでしょう。どうしてもというときは防水シールを張りましょう。また、水から出たらすぐに、水道水で皮膚表面を洗い流すことが重要です。

ペットへの感染については、ネズミとの接触の回避が重要になってきます。ネズミの尿をなめる、あるいは生体や死骸を食べても感染のリスクがあります。犬の場合は、予防接種も行っておくとよいでしょう。